~新渡戸記念の~ 『言葉の院外処方箋』 樋野興夫センター長
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「言葉の院外処方箋」

第413回
【人格をつなぐのは、『ことば』〜 かしこい『ことば』は 叡智からくる】〜
2026年6月29日は『朝早くまだ暗いうちに起きて(マルコによる福音書 1章35節)』であった。 雨が降っていた。 6月27日は『 東久留米駅 ―> 秋津駅 ―> 徒歩 ―> 新秋津駅 ―> 府中本町駅 ―> 稲田堤駅 ―> 徒歩 ―> 京王稲田堤駅 ―> 京王多摩センター駅』から【1周年記念『がん哲学外来 オリーブ多摩カフェ』(主宰:オリーブ多摩カフェ 猪貝幸恵氏) (多摩ニュータウンキリスト教会に於いて)の講演会】に赴いた。 6月28日は『 ひばりが丘駅 ―> 横浜駅 ―> 辻堂駅』から神奈川県の茅ヶ崎東教会での『聖書とがん 〜 私たちにできること 〜』(添付)の講演(主催:田中美穂氏)に赴いた。 『雨降りの3連チャン症候群』である。
【『雨が降ったときに傘をさすか、レインコートを着るか、家に入ってしのぐか。 その選択は本人の自由意志』&『人間は いつも判断の分かれ道に 立っている』 その答えを選ぶのは『本人の自由意志』 & 『新渡戸稲造(1862-1933:盛岡)と同じ岩手県出身で、共に1933年に逝去している宮澤賢治(1896-1933:花巻)の『雨ニモマケズ』(宮澤賢治作): 雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ ―― あらゆる事を 自分を勘定に入れずに 良く見聞きし判りそして忘れず―― 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を背負い 南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくても 良いと言い 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い ―― そういう者に 私はなりたい 】の実践の日々である。
レイチェル・カーソ(1907-1964)の『沈黙の春(Silent Spring)』(翻訳 青樹簗一/南原実:1930-2013)(添付)の最終章『べつの道』の【私たちは、いまや分れ道にいる。―― どちらの道をとるか、きめなければならないのは 私たちなのだ。】 想えば、筆者とwifeは、毎年、南原実先生宅でクリスマス会に伺ったものである。 奥様が作って頂いた美味しい夕食を食べながら学びの時であった。『南原実は、ドイツ文学者。東京大学名誉教授。 父は東京大学総長を務めた法学者の南原繁(1889-1974)』である。『未来を生きる君たちへ』(南原実著2005年9月10日発行;添付)を頂き熟読したものである。 【ふたりの人格をつなぐのは、コトバなのだ。―― コトバは、ついには、マナザシのなかへと昇華する。 おろかな考えは偶然が運んでくるが、かしこいことばは 叡智からくる。】 まさに『最も必要なことは、常に志を忘れないよう 心にかけて記憶することである』(新渡戸稲造)】の復習である。
【人格をつなぐのは、『ことば』〜 かしこい『ことば』は 叡智からくる】〜
2026年6月29日は『朝早くまだ暗いうちに起きて(マルコによる福音書 1章35節)』であった。 雨が降っていた。 6月27日は『 東久留米駅 ―> 秋津駅 ―> 徒歩 ―> 新秋津駅 ―> 府中本町駅 ―> 稲田堤駅 ―> 徒歩 ―> 京王稲田堤駅 ―> 京王多摩センター駅』から【1周年記念『がん哲学外来 オリーブ多摩カフェ』(主宰:オリーブ多摩カフェ 猪貝幸恵氏) (多摩ニュータウンキリスト教会に於いて)の講演会】に赴いた。 6月28日は『 ひばりが丘駅 ―> 横浜駅 ―> 辻堂駅』から神奈川県の茅ヶ崎東教会での『聖書とがん 〜 私たちにできること 〜』(添付)の講演(主催:田中美穂氏)に赴いた。 『雨降りの3連チャン症候群』である。
【『雨が降ったときに傘をさすか、レインコートを着るか、家に入ってしのぐか。 その選択は本人の自由意志』&『人間は いつも判断の分かれ道に 立っている』 その答えを選ぶのは『本人の自由意志』 & 『新渡戸稲造(1862-1933:盛岡)と同じ岩手県出身で、共に1933年に逝去している宮澤賢治(1896-1933:花巻)の『雨ニモマケズ』(宮澤賢治作): 雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ ―― あらゆる事を 自分を勘定に入れずに 良く見聞きし判りそして忘れず―― 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を背負い 南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくても 良いと言い 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い ―― そういう者に 私はなりたい 】の実践の日々である。
レイチェル・カーソ(1907-1964)の『沈黙の春(Silent Spring)』(翻訳 青樹簗一/南原実:1930-2013)(添付)の最終章『べつの道』の【私たちは、いまや分れ道にいる。―― どちらの道をとるか、きめなければならないのは 私たちなのだ。】 想えば、筆者とwifeは、毎年、南原実先生宅でクリスマス会に伺ったものである。 奥様が作って頂いた美味しい夕食を食べながら学びの時であった。『南原実は、ドイツ文学者。東京大学名誉教授。 父は東京大学総長を務めた法学者の南原繁(1889-1974)』である。『未来を生きる君たちへ』(南原実著2005年9月10日発行;添付)を頂き熟読したものである。 【ふたりの人格をつなぐのは、コトバなのだ。―― コトバは、ついには、マナザシのなかへと昇華する。 おろかな考えは偶然が運んでくるが、かしこいことばは 叡智からくる。】 まさに『最も必要なことは、常に志を忘れないよう 心にかけて記憶することである』(新渡戸稲造)】の復習である。
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